ごあいさつ

ごあいさつ 嶋田百々子(しまだ ももこ)牧師

こんにちは、牧師として尾鷲教会に仕えさせていただいている嶋田と申します。

出身はお隣の海山町(現紀北町)引本浦です。

家族は、主人、長男、次男、尾鷲市内に義父母、隣町に母、姉、あと、週一回礼拝に戻ってくる神の家族が多数おります。

クリスチャンホームに生まれ、幼少期は行動が遅く、思っていることも口にできず、そのため、神様にいつも話しかけながら過ごす子どもでした。

 

年齢を重ね、人間関係や、勉強もそれなりにこなせるようになってくると、神様に背を向けるようになりました。それでも、行き詰まると「イエス様ー!」と泣きつく感じのフラフラとした歩みを送ってきました。

15年あちこちウロウロし、その間に結婚もさせていただき、こちらの地域に家族で戻ってきました。

その時は牧師になるとは夢にも思っていませんでしたが、戻ってきた時から、いえこの地域を飛び出した時から主はもう道を備えられていたのだと改めて、主の業に驚く日々を過ごさせていただいています。

ある時牧師への召命を受け、「牧師だけは勘弁してください」と祈っていたところ、「私は今まであなたの望みを全て叶えてきたね、今度は私の望みのために生きてくれないか?」と優しく示され

「主御自身があなたに先立っていき、主御自身があなたと共におられる、主はあなたを見放すことも見捨てることもない。恐れてはならない、おののいてはならない」申命記31章8節に背中を押され、家族と祈りながら、ここまでまいりました。

主人は牧師ではないので、少し珍しがられることもありますが、二人で牧会していることに変わりはありません。

 英語というより、色んな方と話すのが好きで、笑ってくれると嬉しいので、笑かすことを目標に、学びました。あと、海外の方は自己主張が激しいので、いつでも喧嘩できる用意をと、学んでいたような気もします。語学は文化が出るので全般に好きです。

 歌が好きで、合唱や、ゴスペル、オペラの合唱員等をさせていただいた後、トラッドジャズに出会い、学ばせていただき、賛美ジャズで用いていただいています。(演奏依頼は間違いを避けるためメールでお願いいたします)
 旅行が好きで、観光地より、一つの場所に長めに滞在することを好みます。フラフラ日記を読んでくださる方はこちらをどうぞ→ (只今、書き直し中もうしばらくお待ちください)

嶋田貴志 (しまだ たかし)

動画配信、デザイン等を主に担当しています。他、特にわがままな牧師の手綱を握る担当においては教会内で最重要の仕事とされています。

 現場監督の仕事をしており、橋梁とコンクリートが好きです。

 ビートルズとB’z、ファーストガンダムが好きです。

 イエス様と東紀州をこよなく愛する中年男性です。

尾鷲教会には、教会を愛してくださるたくさんの色々な牧師が年間を通して説教しにきてくださいます。

私が教会に来たキッカケ

Mさん(80代 女性)

通った中学校がミッションスクールで教会に通い印具 徹牧師より洗礼を受けました。洗礼を受けた途端、その教会のオルガニストが結婚し教会をさられることが決まり、訳もわからぬまま、オルガンのもう特訓を受け教会オルガニストに。

 実は結婚後、オルガニストであることは隠して教会に行こう!そしたらサボれると思っていたんです。尾鷲教会に来てみたら、ちょうどその頃オルガニストがいなかった。。。神様。。。どうして?と、思いましたが、毎週教会に行くうち、ああ、よかった、神様ありがとうと思うようになりました。
 これからも皆様と、神様に任せて、ああよかったと思える人生を歩んでいきたいです。


Fさん(50代 女性)

高校生の頃、実家を離れ叔父の家に居候させていただいていたのですが、お転婆すぎて手に負えないと追い出されてしましました。(閑静な住宅街で木に登ったり。。。)

その時手を差し伸べてくださったのが、教会の牧師でした。

そして、高校生の時、清水潔牧師から洗礼を受けました。

まあ、でも高校を卒業してからはほとんど教会にもいかず、人生を謳歌した気になって楽しんでいました。

教会に毎週来るようになったのは、それから数十年後。今は、教会に来られることが喜びです。聖書も、恥ずかしいほど読んでいませんでした。でも、いつからでもいいじゃないという尾鷲教会の優しさに包まれ楽しく聖書に親しんでいます。

※当時の牧師にお聞きしたところ「彼女じゃなければ預からなかったよ」ということです(嶋田)


Mさん(60代 女性)

明治時代からクリスチャンホームと言われている家庭に嫁ぎましたが、姑だけがクリスチャンの状態でした。元々、クリスチャンに違和感をもったりはしていませんでしたが、特に自分に必要とも思っていませんでした。

 姑が足が思うように動かなくなってきてから、行ける時にはできるだけ姑を送って教会へついていくようになりました。実家の母の介護や入院もあり、仕事もあり、姑を施設に入れる決断をしなければならくなってきた頃、「一緒に聖書のこと学んでみない?」と、牧師から誘いを受け、何となく学び始めました。

ある日、三位一体の学びに入った時私の中にその学びが大きな風のような、石のような形で入ってきたのです。

 というのは、私たちは主人を事故で亡くしました。その時の、おむすびの味がなくなる感覚や、何もできない無力感、色々なことを思い出しますが、何に祈っていいのか分からず、どうして良いのか分からなかったこと。遠すぎて、早く着きたいという思い、そのことが頭の中に残っていました。「ああ、そうか聖霊が働いてくれるのか、たとえそこに行けなくても三位一体の神に祈ればよかったのか。もっと早く知っていれば私の心は違っていた。いいや、主人の死を持って私に教えてくれたのか」と、感謝の祈りを捧げたのです。

 今も、適当に力を抜いて、自分に頼らず主にすがり。大好きな尾鷲教会の皆さんと歩めること、この地のために祈れることが喜びです。